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最高裁判所第二小法廷 平成5年(オ)1443号 判決

千葉県松戸市常磐平六丁目一一番地の一〇

上告人

エクセル株式会社

右代表者代表取締役

中川達彌

右訴訟代理人弁護士

武田正彦

阿部昭吾

井窪保彦

田口和幸

千葉県野田市目吹二五五二番地

被上告人

三豊樹脂株式会社

右代表者代表取締役

田中茂治

右訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

小池豊

森田政明

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(ネ)第三一六一号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成五年四月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人武田正彦、同阿部昭吾、同井窪保彦、同田口和幸の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法を主張するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 木崎良平 裁判官 大西勝也)

(平成五年(オ)第一四四三号 上告人 エクセル株式会社)

上告代理人武田正彦、同阿部昭吾、同井窪保彦、同田口和幸の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、また理由不備または理由齟齬の違法あるものとして破棄されるべきである。以下にその理由を述べる。

一、原判決は、本件特許明細書の特許請求の範囲第一項の記載に基づき、本件特許発明の構成要件を次のとおり分説している。

「成形すべき折曲したプラスチック管の立体的形状に適合する溝を平面状又は曲面状の重ね合わせ面に刻設した上型及び下型からなる水平運動及び昇降可能な金型と」(原判決にしたがい「構成要件A」といい、その他の記載部分についても同様に表記する。)

「硬質熱可塑性樹脂をチューブ状に成形したパリソンを注出するノズルとを設け」(「同B」)

「該下型をノズルに対し相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させながら該溝内にパリソンを連続注出し」(「同C」)

「次で上型を下型上に合わせて注出されたパリソンを溝内のみに包蔵するとともに該パリソンの先端のみを当該部分の金型の重ね合せ面により閉塞し」(「同D」)

「その後該パリソン内に圧縮空気を注入して」(「同E」)

「所望の管を成形することを特徴とする折曲した形状の硬質プラスチック管の成形方法」(「同F」)

そして、原判決は、本件の主要な争点である被控訴人方法が構成要件A及びCを充足するか否かという点について、理由付こそ異なるもののこれを否定した一審判決の結論を是認し、被控訴人方法は構成要件A及びCを充足せず本件発明の技術的範囲に属さないとして、控訴人(上告人)の控訴を棄却した。

二、しかし、原判決の右判旨は、以下に述べるとおり、特許法第七〇条一項の解釈、適用を誤り、かつ判決理由中の結論に至る過程に明らかな齟齬あるいは不備のあるものである。

1 すなわち、原判決は

(一) 構成要件Aにいう「水平運動」及び「昇降」可能な金型の意味について、その運動の態様に格別の限定が付されていないことは構成要件Aの記載自体から明らかであるとして

「右『水平運動』については、水平な面運動及び水平な直線運動が、また、『昇降』運動については、垂直上下運動及び斜め上下運動が、それぞれ前記の各運動に含まれるものと解するのが相当である。」

と判示し(原判決一八丁裏四行目以下)、かつ金型の運動の態様を制限的に解すべしとする被控訴人の主張に対しては

「金型の属性としての運動について何らの限定のない前記の各運動を、被控訴人主張のように、『水平の面運動』及び『垂直上下運動』に限定して解釈しなければならないとする根拠は見出だし難い。」

として(同二〇丁表四行目以下)、これを排斥している。

(二) 次に、原判決は、被控訴人方法に使用される金型の運動について

「被控訴人方法における下型5aが原判決添付の別紙目録一の第3図に記載の傾斜面(垂直から五〇度までの範囲内で適宜の角度を取り得る。)上のX軸及びY軸上を自由に移動可能であることは当事者間に争いがないところ、水平面を基準とする限り、下型5aの動きのうち、前記X軸方向の動きが水平な直線運動に、また、Y軸方向の動きが斜め上下の運動に、それぞれ該当することは明らかなところであるから、前記X軸方向の動きが構成要件Aの

『水平運動』に、また、同Y軸方向の動きが同構成要件の『昇降』運動に、それぞれ含まれることは明らかなところである。」

として(同二〇丁表九行目以下)、被控訴人方法における金型(下型5a)の運動が本件発明の構成要件にいう「水平運動」及び「昇降」の要件に該当するものであることを認定している。

そして、さらに、この認定に反する被控訴人の主張(下型5aは傾斜面内の二次元的運動を行うだけであるから三次元的な運動が可能な構成要件Aを充足していない、とするもの)に対し、詳細な批判を加えている(同二〇丁裏六行目から二一丁裏一行目まで)。

(三) しかるに、原判決は、このように被控訴人方法における金型(下型5a)の動きは、構成要件Aの「水平運動」及び「昇降」に含まれることを明確に認めながら、一転して、次のように被控訴人方法は構成要件Aを充足するものとはいえないと結論した。

「しかしながら、被控訴人方法の下型5aの動きは、・・・水平な直線運動と斜め上下運動に限定されているものであり、被控訴人方法の下型5aが、水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないことは明らかなところである。

そうすると、結局、被控訴人方法における下型5aの運動に関する属性は、水平な直線運動と斜め上下運動に限定されており、本件発明に使用される金型が具備すべき属性である水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないという意味において、『水平運動及び昇降可能』な金型との要件、すなわち、構成要件Aを充足するものとはいえない」(同二〇丁裏二行目から二一丁表一行目)

(四) しかし、原判決の右結論は到底理解しがたいものである。

(1) すなわち、原判決は、構成要件Aにいう「水平運動」及び「昇降」の意味について、前述のとおり、

「右『水平運動』については、水平な面運動及び水平な直線運動が、また、『昇降』運動については、垂直上下運動及び斜め上下運動が、それぞれ前記の各運動に含まれるものと解するのが相当である。」

とし、かつ被控訴人方法における下型5aの動きについては、

「前記X軸方向の動きが構成要件Aの『水平運動』に、また、同Y軸方向の動きが同構成要件の『昇降』運動に、それぞれ含まれることは明らかなところである。」

と述べているのであるから、論理的に当然に、被控訴人方法は本件発明の構成要件Aに該当するという結論になるはずである。しかるに、原判決が右のように認定しながら、被控訴人方法の下型5aの動きは構成要件Aを充足するものではないとしているのは、その結論に至る過程に明らかな論理的矛盾があり、判決理由中に齟齬があるものと言うべきである。

(2) また、原判決は、被控訴人方法における下型5aの動きが構成要件Aを充足しないとする理由として、前記のとおり、

「被控訴人方法における下型5aの運動に関する属性は、水平な直線運動と斜め上下運動に限定されており、本件発明に使用される金属が具備すべき属性である水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないという意味において、『水平運動及び昇降可能』な金型との要件、すなわち、構成要件Aを充足するものとはいえないといわざるをえない。」

と述べている(傍線は上告人による)。しかし、水平な面運動及び垂直上下運動が可能であるということが本件発明に使用される金型の具備すべき属性であるという判示部分については、判決理由中に何の説明もなく、これについては理由不備の違法があるといわざるを得ないし、原判決中にある「金型の属性としての運動について何らの限定のない前記の各運動を、被控訴人主張のように、『水平の面運動』及び『垂直上下運動』に限定して解釈しなければならないとする根拠は見出し難い。」(同二〇丁表四行目以下)という説示とも明らかに矛盾する。

(3) なお、一審判決は、構成要件Aにいう「水平運動及び昇降可能な金型」とは、「成形すべき管の三次元的形状に適合するように刻設された溝とノズルが略一定の間隔を保つように、三次元的に、左右、上下及び前後の方向に移動することができる金型」を意味し、したがって被告方法のように金型が単に二次元的、水平的運動しかすることができないものは、その運動を傾斜面で行うものであっても、「水平運動及び昇降可能」なものに含まれないと判示した。これは本件特許発明の技術的範囲を、本件明細書に実施例として示された構成のものに限定するに等しく、極めて不当な判断であることは言うまでもない。原判決は、当然のことながら一審判決の右の判断を訂正し、被控訴人方法における金型の動きである水平な直線運動および斜め上下運動も本件発明と同様に水平面を基準とすれば三次元的運動であり、かつ構成要件Aにいう「水平運動及び昇降」に含まれると認定したものである。

原判決が、このように本件発明の意義を正しく理解しながら、いかなる理由によるのか、結論として被控訴人方法は構成要件Aを充足しないと述べているのは遺憾というほかはない。

(4) 原判決も指摘しているとおり、金型が水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができれば、二次元及び三次元のあらゆる形状の溝に対応して移動することが可能である(水平な直線運動は水平な面運動に含まれ、斜め上下運動は水平運動と垂直上下運動を同時に行った場合に相当する)。したがって、金型の運動が水平な直線運動と斜め上下運動に限定された被控訴人方法は、特定の三次元的運動しかできないという点で、本件特許発明の最適な実施態様に比較して機能的に劣っていることは事実である。

しかし、だからといって、原判決のごとく、

「被控訴人方法における下型5aの運動に関する属性は、水平な直線運動と斜め上下運動に限定されており、本件発明に使用される金型が具備すべき属性である水平な面運動及び垂直上下運動を行うことができないという意味において、『水平運動及び昇降可能』な金型との要件、すなわち、構成要件Aを充足するものとはいえないといわざるをえない。」(二一丁裏八行目以下)

として、金型の属性として水平な面運動及び垂直上下運動が可能であることを要求するのは、特許請求の範囲に記載のない要件を付加することにより本件特許発明の技術的範囲を不当に限定しているという点で、一審判決と同じ誤りを犯している。また、本件特許発明が二次元的形状のみならず三次元的形状の硬質プラスチック管の成形を目的としていることは原判決の述べるとおりであるが、だからといって金型が二次元及び三次元的のあらゆる形状の溝に対応して移動できることまで要件としているわけではない。

原判決が正しく認定しているとおり、被控訴人方法における金型の動きは三次元的運動であり、本件特許発明の構成要件Aにいう「水平運動及び昇降」に含まれるのであるから、右方法が構成要件Aを充足することは明らかである。しかるに、このように認定しながら、その動きが本件特許発明の最適な実施態様に比して制限的であることを理由に構成要件Aを充足しないと結論するのは、本件特許発明の技術的範囲を不当に限定するものであることはもちろん、被控訴人方法のようなあからさまな改悪実施を裁判所が容認するに等しく、特許法第七〇条一項の解釈、適用を誤るものであると言わざるを得ない。

2 また、原判決は、

(一) 本件特許発明の構成要件C、すなわち、「該下型をノズルに対して相対的に移動させて該ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内させながら該溝内にパリソンを連続注出し」の意味について、「右運動を構成要件Aに規定された金型の前記属性を踏まえて検討すると、ノズルは下型における溝の形状に沿って、前後左右に移動しつつ、上下方向にも、ノズルと溝との距離を適宜な間隔に調節しながら、ノズルの先端を下型における溝上に沿って案内するものであると解するのが相当であり」(二二丁裏二行目以下)と述べ、さらに

「被控訴人方法は、ノズルと溝との距離を適宜な間隔に調節することができない点において、構成要件Cを充足するものではないというべきである。」(二三丁表八行目以下)

と結論している。

(二) しかし、右の判示が不当であることは明らかである。

(1) すなわち、まず、原判決が述べるような「ノズルと溝との間隔を適宜な間隔に調節しながら」なる点については、特許請求の範囲に何の記載もなく、かような要件を付加して本件特許発明の技術的範囲を殊更に限定するような解釈が容認される余地はない。

この点について、一審判決は、前述のとおり、パリソンの注出に際してノズルと溝との距離が「略一定の間隔」に保たれることが本件特許発明の要件であるかのように述べているが、これは本件特許発明の技術的範囲を明細書にある実施例装置の構成そのものに限定するに等しく、極めて不当な認定であった。原判決は、さすがにこの点について、「右に述べたノズルと溝との距離の調整については、構成要件Cに何らの限定がないことからすると、実施例に示された『一定の間隔』のみに限定されるものではない。」と一審判決の誤りを正しているが、その一方で、「ノズルと溝との間隔を適宜な距離に調節しながら」なる要件が必要であるかのように述べているのは、一審判決と同様に根拠のない限定と言うべきである。

特許請求の範囲の記載を一読すれば明らかなように、そこにはノズルと溝との距離に関する記載は全く存在しない。

のみならず、原判決の第二、一「控訴人の主張」の項の四丁裏二行目から五丁裏五行目までの部分に記載されているとおり、パリソン注出時にノズルと溝との距離を調節することは、製品の品質という点で望ましいことではあるが、バリを発生させないように二次元的あるいは三次元的形状の管を成形するという本件特許発明の目的とは直接の関係はない。

このように、原判決は特許請求の範囲に記載がなく、また本件特許発明の目的、効果とも関係のない要件を付加して、その技術的範囲を不当に狭く限定したものであり、その誤りは明らかである。

(2) 原判決の理由とするところは、前記引用にあるとおり、「右運動を構成要件Aに規定された金型の前記特性を踏まえて検討すると」という点にあると思われるが、構成要件Aに関する原判決の結論が誤りであることは前項に述べたところであり、かつ仮に構成要件Aに関する原判決の結論を是認したとしても、構成要件Cにノズルと溝との距離の調節に関する要件を付加する理由にはならない。原判決の説示には明らかな論理の飛躍があり、理由不備の違法があるというべきである。

(3) 以上のとおり、原判決には、構成要件Cの点についても、特許法第七〇条一項の解釈、適用を誤り、かつ理由不備の違法がある。

なお、原判決は、被控訴人方法ではノズルと溝との距離を調節することができないかのように言うが、機構上、ノズルを上下させ、あるいは金型の傾斜面を変化させて、ノズルと溝との距離を調節することは当業者にとっては極めて容易であって、このような瑣末な技術事項に侵害の成否を係わらしめるような原判決の判断はそもそも誤りである。

三、以上のとおり、原判決は本件特許発明の技術的範囲を認定し、かつ被控訴人方法がこれに含まれるか否かを判断するに際し、特許法第七〇条一項の解釈、適用を誤ったものであり、かつそれが判決に影響を及ぼしたことは明らかである。また、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について理由を付さず、しかも説示された理由自体も明らかに矛盾しているという明白な違法がある。

よって、原判決は民事訴訟法第三九四条及び第三九五条一項六号により破棄されるべきである。

以上

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